いんディグ |心を満たす完全栄養食は成立するのか ― 株式会社MISOVATION代表・栄養士 斉藤悠斗さん インタビュー

本記事は、Podcast番組「最先端フードテックラジオ たべものインテグラル」の「いんディグ」第25〜27回をもとに、テーマごとに再構成・編集した記事です。

最先端フードテックラジオ「たべものインテグラル」とは

最先端フードテックラジオ「たべものインテグラル」は、食をテーマに食にまつわるニュースや人物などから変化し続ける現在地を学び「食の未来像」をあらゆる視点で探るべく、およそ週1のペースで配信しています。料理人としてたべものの歴史や知られざる世界を探究するたべものラジオの武藤太郎氏と武藤拓郎氏と、エコシステムビルダーとしてフードイノベーションの最前線を駆け巡るUnlocXの田中宏隆と岡田亜希子が、多様な視点から議論を繰り広げるポッドキャストです。

「いんディグ」とは

「いんディグ」は、インテグラルとディグる(深掘り)を組み合わせた、たべものインテグラル独自のインタビューシリーズです。食の未来をつくる人々の思想や挑戦を深く掘り下げます。

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この記事はインタビュー内容を編集・再構成したものです。より詳しい議論やニュアンスは各配信プラットフォームから無料でお聴きいただけます。

今回のゲスト 

株式会社MISOVATION代表/栄養士の斉藤悠斗さん

心を満たす完全栄養食は成立するのか

味噌にまつわることわざや慣用句は多く、自慢を表す「手前味噌」や、健康効果を謳った「味噌汁は医者いらず」のほかに、「味噌っかす」などといった悪口にまで味噌は顔を出す始末。それだけ、私たちのくらしには味噌という存在が浸透している。

一方であまりにも身近なその味噌の置かれている現状は厳しく、味噌蔵の数も激減し、その生産体制の存続すら危ぶまれる状況にある。そんな状況下、その味噌は、いまどこまで更新されているのだろうか。

身近な味噌に新たな光を当てる「株式会社MISOVATION」の斉藤悠斗さんと味噌の可能性について語り合った。

目次

「味噌汁を再設計する」という挑戦

(岡田)まずMISOVATIONについて教えてください。

(斉藤)日本の食×テクノロジーをコンセプトに、味噌に焦点を当てて価値をリデザインしています。味噌の健康価値を高めたプロダクトとして「完全栄養食 MISOVATION」を、流通のデジタルトランスフォーメーションを手がけるプロダクトとして「クラフト味噌汁の定期便 MISOBOX」を提供しています。

(岡田)どんな商品なのでしょうか?

(斉藤)「完全栄養食 MISOVATION」は、様々な栄養素が摂取できるよう設計された栄養食として、具材と味噌を瞬間冷凍した、パウチ型のミールキットです。水を注いで電子レンジで加熱するだけで具だくさんの味噌汁ができあがります。ボリューム満点のため置き換えダイエットとしても最適ですし、これだけで厚生労働省が定める「日本人の食事摂取基準」を満たす1食に必要な栄養をバランスよく摂取できます。

「クラフト味噌汁の定期便 MISOBOX」は合計50種類以上のご当地フリーズドライ味噌汁を月替わりでお届けするサブスクリプションボックスです。日本各地の味噌蔵が開発しており、毎月様々な地域を旅するように味噌汁の多様性を楽しんでいただけます。

(岡田)そもそも、なぜ事業を始めようと思ったのですか。

(斉藤)私は、祖父母とともに暮らす家庭で育ちました。祖父が認知症で、自宅介護をしていたのですが、肉体的にも精神的にも辛かった経験があります。もし病気になる前の健康を当たり前にすることができたら、別の暮らしがあったのかもしれない。いつしかそう思うようになりました。そして、大学では栄養学を学びました。

(岡田)それが完全栄養食へと繋がっているわけですね。完全栄養食というと、他にも選択肢があるように思うのですが、最初から味噌に注目していたのでしょうか。

(斉藤)いえ、味噌に行き着く前には野菜に関連したサブスクリプションサービスを検討していました。ちょうど世間ではD2Cが伸びていたこともあって、健康と野菜をテーマとしたオンラインブランドの立ち上げを当初想定していました。ところが、こうした商材は大手食品メーカーが市場を支配している状態で、私たちが参入する余地はありませんでした。そこで、野菜という素材を活用した、野菜カテゴリー以外のニッチな加工食品へと落とし込んで考えていくことにしたのですが、その先でたどりついたのが味噌汁でした。

(岡田)味噌ではなく味噌汁だったのですね。完全栄養食に可能性を感じたと?

(斉藤)はい。今では、日本人のソウルフードでもある味噌汁が健康のインフラになる可能性を感じています。以前からベースフードさん(ベースフード株式会社)が大好きでして、まだベースフードさんが創業して間もないころに、代表の橋本さんに直接メッセージを送りました。確か週の真ん中の祝日だったと思うのですが、当時住んでいた広島から東京まで日帰りで弾丸で会いに行きました。そこで、ベースフードさんの「主食で健康を当たり前にする」というコンセプトに強い共感を持ったのを覚えています。日常食である「味噌汁」と「完全栄養食」はとても親和性が高いと思うようになり、完全栄養食の文脈で味噌汁をデザインするようになっていきました。

(太郎)味噌汁は日本の多くの人にとっては当たり前の料理だと思いますが、一方で当たり前過ぎてMISOVATIONの特徴的な価値が伝わりづらいかもしれません。なにか、苦労や工夫されていることはありますか?

(斉藤)基本的に味噌汁が嫌いな人はいないと信じています。ですので、味噌汁という商材のマーケットは大きいと言う意味で沢山の人に届けやすいのがメリットだと感じています。一方で、日頃から接しているだけに味に敏感な人が多く、少しでも味がブレると受け入れられにくいという側面もあります。そこは諸刃の剣ですね。

既存の味噌汁市場には、低価格帯の商品が多く出回っているため、高単価のものが売りづらいことは理解していました。なにせ1食あたり1000円近いですからね。もちろんそれだけの価値のある商品ではあるのですが、それが伝わりにくいのも味噌汁に対する既定のイメージがあるからでしょう。様々な打ち出し方をリサーチした結果、「完全栄養」という価値に加えて、味噌鍋や豚汁という名称を使うことでイメージの転換を図ったマーケティングを行っています。味噌汁を超えたのボリューム感があることを伝えることが重要だと思っています。

(太郎)味噌汁と言えば、ハレの日の食事というよりは日常食だと思います。一般消費者からすると「日常食なのに高価格帯なんだ」という感想を持ちそうです。むしろ、日常食であることにこそ完全栄養食としての価値があると思いますが、その部分で苦労されているのではないかと想像しますが、いかがですか?

(斉藤)そこはずいぶん苦労しました。味噌汁は添え物のようなイメージを持つ方も少なくないですから。一方で、例えばカレーならば1食あたり1000円でも違和感はないと思います。これはもう、とにかくビジュアルを見せるしかないと思って、少しでもイメージが伝わるように動画を活用するようにしています。味噌鍋という表現も同じ理由です。鍋料理で完全栄養食だったらこの価格帯でも違和感は少ないと思うんですよ。実際、利用していただいたお客様からは「想像以上に具たくさんで満腹になった」という声をいただいています。

味気なさがない?心を満たす完全栄養食は成立するのか

(太郎)日本で本格的に味噌汁を食べるようになったのは鎌倉時代ころからだったと言われています。それまでは、味噌は食べ物でした。ペーストにして溶かすことができるようになったことは大きなイノベーションです。まず、料理が美味しくなりました。何と言っても味噌は調味料として優秀です。そして、とても栄養価の高い味噌と野菜などの食材を一緒に食べられるようになったのです。そういう意味では、昔から完全栄養食のポジションでしたよね。

(岡田)新しいプロダクトを開発した企業もありました。アメリカで開発されたソイレントは、忙しくて食事の時間が取れないエンジニアのための食事で、飲むだけのプロテインという位置づけです。そのためにゼロイチで作り出す必要があったし、味については二の次という感じです。味覚としても心理的にも味気ない。だけど、日本には昔から味噌汁があって、完全栄養食に近かった。しかも美味しい。これは日本だからこそできる事だと思います。

(斉藤)味気なさがない、という表現は少し奇妙に聞こえますが、MISOVATIONは完全栄養食として「味気なさがない」という表現がしっくりくるような気がします。

忙しいからといって、流し込むだけの食事は気が休まりませんよね。味噌汁なら、これは日本人だからなのかもしれませんが、心の豊かさを感じられる。栄養だけではなく心に届く味というのがあると思っています。MISOVATIONを「心を満たす完全栄養食」と表現しているのは、そういった思いがあってのことです。

(拓郎)たしかにそうですね。物理的にも「噛む」というのも大切になりそうです。噛むことが難しくなった人たちは、ちゃんと噛んで食事をしたいと思うそうです。噛むことができる人は、しっかり噛み締めて食べることも、なにか大切なことのように思います。

味噌汁のプラットフォーム性と「完全栄養」という強い文脈

(田中)「完全栄養食 MISOVATION」と「クラフト味噌汁の定期便 MISOBOX※1」の2つのラインナップがありますが、それぞれに位置づけが違うのでしょうか?

(斉藤)もともと味噌自体が健康価値のあるものですので、これを社会実装することが私たちの目的のひとつです。そのために2つのラインナップを用意しています。完全栄養食 MISOVATIONは、健康価値を最大限に高めた比較的ハイエンドな商品という感覚があります。まだ、感度の高い方にだけ認知してもらっているという状態だと思います。一方で、クラフト味噌汁の定期便 MISOBOXはやや安価で手軽に食べられる商品です。完全栄養という設計ではないのですが、味噌と味噌汁の地域多様性を伝えるという大きな役割があります。味噌の多様性を知ってもらうことで、少しでも多くの人に味噌の可能性を感じてもらいたいと思っています。どちらの商品も、日本各地の味噌蔵さんの味噌を使うことになるため、各味噌蔵さんへの収益分配の機能があることも大切なポイントになります。

※1 MISOBOXとは: 味噌汁のフリーズドライ食品。一般流通していない60種類以上の「クラフト味噌汁」が毎月ランダムで届けられる。おいしくて栄養豊富な味噌汁を手軽に楽しめる。

(拓郎)MISOBOXはどのように作っているのですか?

(斉藤)MISOBOXでお届けしているフリーズドライ味噌汁は当社で作っているのではなく、各味噌蔵さんが商品開発を行っています。そのため、それぞれ特徴が異なりますし、賞味期限も1年〜2年と幅があります。

(太郎)料理人としてフリーズドライ加工をする前の味噌汁に興味があります。一般的な味噌汁は、ダシとともに具材も煮ますよね。そうすると、具材の味がダシになるわけです。一方で、いわゆる飲食店などでは具材を煮込まないこともあります。具材は別に加熱処理がしてあって、ダシに味噌を溶いたスープと具材をお椀の中で合わせます。このほうが、スープの味が安定するというメリットもありますが、一方で単調になりやすいというデメリットもあります。具材が変わっても基礎となる味が一緒になってしまうからです。多くのインスタント味噌汁は後者のパターンが多いと感じていますが、MISOBOXはどうでしょうか?

(斉藤)商品にもよるのですが、前者のパターンで作っているものもあります。まず、ベースとなる具材入りの味噌汁を作ってからそれをフリーズドライに加工するというアプローチですね。また、後者のパターンで製造している味噌蔵さんもあるのですが、ほとんどの蔵では1種類のラインナップがほとんどなため、仮にスープと具が別々の調理だったとしても、MISOBOXとしての味のバリエーションは味噌蔵の数だけあることになります。

(田中)先ほど、カレーというキーワードが出ましたが、実は既にカレーアレンジをした商品が展開されているそうですね。味噌汁にとどまらない展開が興味深いです。

(斉藤)もともと、MISOVATIONはアレンジして楽しんでいただく方も多く、冷蔵庫にある野菜やうどんを追加するお客様もいらっしゃいます。調理には水を加えるのが基本なのですが、豆乳や牛乳などを加えてポタージュ風にアレンジする方もいらっしゃいます。

(岡田)味噌と味噌汁の可能性が感じられますね。ところで、元々は健康への課題意識から完全栄養食に興味を持たれたという話でした。改めて、味噌を選んだきっかけを伺えますか?

(斉藤)まず、味噌汁は完全栄養食との相性がとても良いんですね。毎日の食生活のプラットフォームとして、とても優秀です。ただ、味噌汁の栄養価計算をした所、完全栄養食としてはそれほどでもなかった。ところが、豚汁にするとビタミン、ミネラル、食物繊維、タンパク質などかなりの部分でパーフェクトになることがわかりました。豚汁がもともと完全栄養食に近い栄養設計になっているんです。特殊な加工をする必要がなく、私達は栄養面でちょっとだけ手助けをすれば良い。そこで、味噌というよりも、最初は豚汁に注目するところからスタートしました。

もう一つの理由は産業を守りたいという動機があります。私は東京農業大学で栄養学を学んでいたのですが、醸造学科にも多くの友人がいました。彼らの多くは発酵食品の担い手になります。味噌や醤油、日本酒メーカーの跡取りも少なくありません。彼らが既に苦しい戦いをしているのをずっと見ていました。当時は現在ほど伝統産業や和食文化を守りたいという意識はなかったと思いますが、今思えばあの頃からずっと気になっていたことが現在に繋がっていると思っています。

(太郎)完全栄養食という言葉はとても強いと思います。この強さが、実際の商品に対する消費者のイメージとの乖離を生んでいることもあるように感じています。実際、ネガティブな印象を持っている人もいると思います。別の言葉を模索すべきなのか、それとも社会に浸透していくのか。このあたりについて、なにか考えていることはありますか?完全栄養食を謳う業界全体の課題ですね。

(斉藤)私の認識では、完全栄養というワーディングからポジティブなイメージも多く得られると思います。例えば、「31種類の栄養素が入っている」というのは、ただの事実の説明でしかありません。それがどのような効果をもたらしてくれて、私たちの体がどうなるのかをイメージしにくいでしょう。だからといって、「痩せる」と謳うのは誤認されますし、薬機法で禁止されている。そう考えると完全栄養という言葉には消費者の「健康への期待」が含まれているのではないでしょうか。

ただ、完全栄養という言葉が何を指しているのかが伝わりにくいという部分はあります。国が定めた定義がないからです。だからこそ、「我々が考える完全栄養食とはなにか」をきちんと伝えていく努力が必要なのだと思います。これは業界全体の課題として捉えていて、取り組みが進んでいます。きちんと説明することは、誇張することを防ぐことにもなります。結果として、業界への信頼に繋がると思っています。

(田中)実は、完全栄養食を食べ続けて痩せた知人がいるんですよ。これは薬機法とは別の話です。そもそも、私達は1日3食を取るわけですが、間食もなくそれだけで太るというのはバランスが取れていないからじゃないかと思うんですね。ちゃんとバランスの取れた食事をするようになったら、痩せたと言うよりもバランスの取れた体重に近づいていったという感覚だそうです。興味深いのは、知人は「完全栄養食を食べる」と意識したことで、他の食事もバランスを意識するようになったというのです。

(斉藤)体のこと、健康のことを考えるきっかけになりますよね。それはとてもいいことだと思います。だからこそ、いずれは完全栄養食という言葉が消えてなくなれば良いと思っています。それくらいにバランスの取れた食事が当たり前になる世界が理想です。そこに辿り着くためのステップとして、現段階では我々がどういう定義でどういう考えを持って完全栄養食と表現しているかを社会に対して説明していく責任があるのでしょうね。

きちんと食事で栄養を取っていれば、過剰にエンプティカロリー食品※2を食べなくなります。満ち足りているからですね。同じように、完全栄養という言葉とともに食のバランスを取っているという意識があることで、エンプティカロリー食品との距離を上手に取れるようになるかもしれません。体と頭の両方でバランスが取れる。

※2 エンプティカロリー食品:カロリーは高いが栄養は空っぽな食品

1200軒の多様性。地域の味噌蔵が届けられなかったラストワンマイルに挑む

(田中)日頃から生産者さん達との繋がりを強く意識していると聞いています。業界では人手不足が進み、味噌の消費量も減っていて課題意識が直に伝わるのではないかと想像します。先程、同級生にも醸造家がいるとのお話がありましたが、わたしたちの伝統をどの様に引き継いでいくのかという課題に対して、味噌蔵と協業する思いについて教えてください。

(斉藤)現在、味噌蔵は全国に1200軒ほどありますが、かつては3000軒ほどありました。徐々にですが減少しているということは、各地にあった多様な味わいが失われているということです。我々は、今ある1200の多様性を守りたいと思っています。

(田中)正直、ビジネスとして成長するためならば商品の数を絞ったほうが効果的だと思います。斎藤さんの想いがあるからこそ、商品の数を絞らずに多様性を流通させようとチャレンジされているわけですね。この多様な価値の流通に関して、どんな課題があると感じていますか?

(斉藤)味噌蔵ごとに、これまでどういうセグメントで売上が大きかったかは異なっています。観光客が主な売上になっていたところもあれば、地域の飲食店がメインだったところもあります。売上構成比はまちまちでしたが、コロナ禍でその構造が大きく崩れました。業績が落ちた味噌蔵は多く、それらを救うためには安定的な売上が必要でした。

日本では味噌は味噌汁に使われることがほとんどですが、食習慣は洋食化が進んでいて、仕事が忙しくて味噌汁を作る時間もなくなっている。そういった市場環境の中で安定的な売上を生み出すための仕組みが必要だと感じました。主菜や主食として食べられる味噌汁を作ることや、ワンクリックで日本中の味噌汁を自宅に届ける仕組みを作ることは、味噌蔵さんの安定的な売上を作るためには有効だと考えたのです。お客様に味噌という商品と味噌の価値を届けるという、ラストワンマイル。味噌蔵さんがリーチできなかった部分を補うのが我々の存在価値だと思っています。

(田中)味噌蔵を救う。文化を残していくという取り組みは始まりました。ゼロからイチへと進んだ段階だと思います。今後広く深くやっていこうというタイミングだと思いますが、D2Cという特性が持つ限界もあるように思います。味噌蔵にとって意味が出てくる売上規模というものを突破するためには、次のステップへと移らなければならないところですが、物量を目指した販売チャネルの開拓など、スケールする突破口として考えていることはありますか?ビジョンが素晴らしいからこそ、持続性のある方策が気になります。

(斉藤)グローバルマーケットに対して高価格で販売していくことを考えています。D2CにB2Bを加えたとしても、最終消費が国内なのであれば結局は同じマーケットを対象とすることになります。つまり、マーケットのキャパが決まっている。だからこそ、海外のまだ味噌の魅力が届いていないマーケットへと展開しようと思っています。そのためには、最初に高価格なラグジュアリーなチャネルを開拓するのが最初の一歩になるかもしれません。その点では、先行事例となるOishii Farmさんが参考になると思います。グローバルのトップシェフやメーカーに取り入れてもらうことを検討するわけですが、そのときには味噌汁にこだわらず味噌そのものを売り込んでいかなければならないと考えています。

(太郎)地域としてはどのあたりを考えているのでしょうか。

(斉藤)アジア圏は味覚の親和性が高くて需要が見込みやすいですが、今、目指しているのはアメリカです。ラグジュアリーマーケットを考えると、最も市場が大きいのはアメリカになる。ここを面で展開していくことを狙っていきたいと思います。

(岡田)その点では、嬉野の和多屋別荘との協業事業が動いていると聞いていますが。

(斉藤)はい。嬉野を含む佐賀という地域は大豆の名産地ですので、佐賀県産味噌を新たな価値にリデザインしてグローバルに届けようとしています。例えば、味噌汁に変わる味噌を楽しむためのプロダクトとして、「味噌湯」を開発しました。味噌湯は、言ってみれば具のない味噌汁で、新しいものでもありません。ただ、片手で飲める、そして持ち運びができるようになったことで、コーヒーのように嗜好飲料として楽しめるように設計しました。温泉客だけでなく、列車や飛行機などでも提供されるようになれば、味噌の価値を広く知ってもらう機会になると考えています。和多屋別荘を訪れた外国人が味噌湯を体験して、それがきっかけで海外との取引が始まることもあるかもしれません。そういう可能性を広げていきたい。

大豆そのものの栄養価が高く、大豆を発酵させた味噌はより栄養価が高くなり消化吸収も良くなっている。なおかつストーリー性も充分です。この価値は、日本では当たり前のことになっていますし、ともすれば少し古くさく感じるかもしれません。ただ、グローバルではそうではありません。とてもユニークですし、魅力的に映ります。だからこそ、しっかり言語化して伝えていくことが、今後のグローバル展開では重要になるでしょう。こうした動きは、大豆や味噌の生産者に貢献することに繋がっていると信じています。

※2026年3月7日より和多屋別荘(佐賀県嬉野市)にて提供開始。

(写真:株式会社MISOVATION)

味噌の価値は360°。味噌の可能性はどこまで広げられるのか

(田中)おいしいというだけが味噌の価値ではないと思いました。日本人の習慣や日本に根づいた食文化、日本を形作ってきた世界観も含めての価値があるのではないでしょうか。完全なのは栄養だけではなくて、全方位にわたっていますね。あとは伝えるための接点を考えるというのが良いかもしれません。

(太郎)例えば、味噌のルーツを考えてみましょう。原型を古代の醤だとすると、そこから派生した食品は各地に広がりました。日本の醤油も、東南アジアの魚醤も味噌の兄弟のようなものです。もう少し遠い関係になると、ウスターソースやトマトケチャップがあります。西洋世界でスタンダードになったケチャップも、もとを辿れば醤への憧れが始まりでした。そう考えると、肉をおいしく食べるためのケチャップの置き換えとして、味噌や酢味噌のようなものがハマるかもしれませんよね。届ける先、この場合はアメリカですが、彼らのストーリーに寄り添う形で提案していくことも有効だと思います。

(斉藤)確かに、味噌を調味料という価値だけで捉えるととても狭く感じます。味噌汁以外の可能性をグローバルに展開していくときにはグローバルの文脈と接続するのが良さそうです。実際ソースに味噌が使われることがありますが、いまのところ「面白いから混ぜてみました」という程度でしかなくて、ポピュラーとは言えませんね。

(太郎)フランス料理で使われるガルムという魚醤がありますけど、その置き換えとして味噌や醤油が伝えられる可能性もありますね。

(斉藤)そういう意味では、世界中の魚醤を味噌に置き換えてみたらいろんなイノベーションが起きるかもしれないですね。海外の料理文化に入り込むためのフックになる可能性がありますし、プラントベースフードへの関心の高まりも後押しになるかもしれません。

(田中)多角的に味噌の価値を見つめ直して発信していくのは、個社ではなく業界全体で取り組みたいところですよね。考えるということと、発信をしていくための団体が欲しい気がしてきました。

(斉藤)ここまでの対話の中で、我々MISOVATIONを含む業界全体での発信力が大切だと思いました。いわゆる売上のためのマーケティングの話ではなくて、しっかりとトレンドをキャッチしつつトレンドを作り出すための発信をしていくこと。それが今後の取組になりそうです。

(田中)人文社会科学を勉強してみると、時代に沿った幻想のようなものがあって、それを誰かが言語化したときに、実装ではなく社会に浸透していったとわかります。昭和時代に「おふくろの味」というのがありましたが、あれも幻想でしたが都会で働く人が共有できる幻想でした。それを「おふくろの味」という言葉にしたときに、長く浸透する概念になっていったのだと思います。ビジネスの世界では、マーケティングは顧客獲得のことを意味しますが、それはパイの取り合いになります。本当のマーケティングというのならば、マーケットそのものを作ることを意味するはず。マーケットを作るということは結果として産業を作ることになるし、産業ができるということはその時代に多くの人から求められているということでもあるのだと思います。これは短期間の尺を見ている人には難しいですよね。長期軸で考えないといけない。

そうなると、個社ではなかなか難しそうです。いろんなプレイヤーが輪を作って、その中で言葉や絵を作って発信していくことが大切になりそうですね。ただ、まだこのことで旗振り役を担っている人はとても少ないと思います。ここができていないことで、例えば発酵などは過度に栄養の文脈だけで語られてしまうという現象が起きているような気がします。いろんな側面から光を当てて価値を言語化すること、社会に対してアプローチすることを団体としてなにかできたらなとは思います。そうすると、団体を作るところから始めることになるのでしょうか。

(岡田)普段のピッチや登壇ではなかなか聞けないことがありますよね。今日も、ここまで時間をかけて話を重ねてきたからこそ出てくる話もたくさんありました。その中から、新しいアイデアがポツポツと出てきています。今回はポッドキャストですが、他にも斎藤さんに共感する人たちが集える環境を作りたいですね。今日は、対話の流れが「味噌の再定義」というところまで来ましたし。

(拓郎)味噌の再定義と言えば、「味噌スープはわかるが、味噌はわからない」という外国人がいると聞きました。日本人にとっては当たり前のことですが、味噌汁は味噌が主役です。ところが、味噌スープを一つの単語として受け入れた人々は、それが2つの単語から作られた言葉だということを知らない。味噌のこともしらないので、misoというスタイルのスープだと思っているかもしれない。こうなると、いずれ味噌は味噌スープソースと呼ばれる日がやってくる可能性もある。実際、大豆は醤油(ソイ)の原料という意味でソイビーンになってしまいました。そうなる前に、味噌を再定義して海外に発信することが、栄養以外の価値をとどけるためにもポイントになりそうです。だからこそ、ここに投資をする必要がある。団体で挑んでいくときには、メーカーだけでなくいろんな人達が混ざっているのが良いと思います。今日の対話は、まさに異種混合だからこそ生まれたものだと思います。「味噌が持っている価値」を360度から全部洗い出してみるというようなことは、まだやっている人がいないのでそこに可能性を感じます。

(斉藤)360度味噌サミットというのは面白いですね。ぜひやりたいと思いました。和食文化や伝統技術のサミットはあるかもしれませんが、360度ならばそれらも全部包摂することになります。伝統という強さがときには制約になることもあると思いますが、新しい知見もどんどん入れて混ぜていけば議論が活発になると思います。味噌サミットは、味噌という商材に絞りつつ多様な視点を捉えていくことがミソになります。発酵という文脈で味噌を考えようとすると、多様性を担保するために醤油や日本酒のプレイヤーを「集めなくちゃ」という意識になってしまう。それはそれで悪くはありませんが、多様性はそこではないと。多様性が必要なのは視点だということですね。

(拓郎)業界人だけでなく、一般消費者が集まるクラスターがあっても面白いですよね。例えばSNSで「好き」を交換し合う関係があると思います。ビジネスではなくても、とにかく好きでこだわりがマニアックという人たちのコミュニティ。そこでは、より広い議論ができそうです。そんなことができるのは、味噌はハンドクラフトが土台にあるからです。特殊な技術がなくても、シンプルな材料を揃えて、やり方を知れば誰でもできる。そういう土壌も醸成していきたいところですね。

(斉藤)MISOVATIONでは、普段あまり抽象度の高い議論をする機会がなかったので、今回はとても大切な時間になりました。

(岡田)インタビューのはずでしたが、途中から企画会議になっていましたね。また、これからもなにか一緒に仕掛けていきましょう。ありがとうございました。


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この記事はインタビュー内容を編集・再構成したものです。

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【出演】
 ゲスト:株式会社MISOVATION CEO 斉藤悠斗さん
 MC:
  たべものラジオ 武藤太郎
  たべものラジオ 武藤拓郎
  UnlocX 代表取締役CEO 田中宏隆
  UnlocX Insight Specialist 岡田亜希子

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